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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)6428号 判決

原告 高木光士

被告 国

訴訟代理人 宇佐美初男 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因事実第一項の(一)は当事者間に争がない。そこで、原告の逮捕に当つて、検察官又は検察事務官が原告に逮捕状を示さなかつたか否かについて判断する。証人福地千秋の証言によつて成立を認める乙第三号証、公文書であるから成立を認める乙第四号証、成立に争のない乙第一〇号証及び証人福地千秋の証言を綜合すれば、昭和三〇年一二月一〇日検察官上田明臣の指揮を受けた検察事務官福地干秋は、東京地方検察庁第二捜査班取調室において、折柄任意出頭中の原告は対し逮捕状を示して原告を逮捕し、更に右上田検察官は原告に対し、犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げたうえ弁解の機会を与えた事実を認めることができる。右認定に反する原告本人尋問の結果は信用できず、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。従つて、原告の逮捕、これにつづく原告の勾留は、原告主張のような違法なく適法であることが明らかである。

成立に争がない乙第七号証、証人戸谷定吉の証言により成立が認められる乙第八号証、同証人及び証人松崎元彦の各証言によると原告に対し昭和三一年九月二五日保釈取消の決定があり、この決定の謄本は東京地方検察庁検察官に送付され、同庁検察官事務取扱副検事戸谷定吉は、同月二六日右決定にもとづいて収監指揮をしたことが認められる。従つて、前記保釈取消決定は有効に成立し、これにもとづく収監は違法でない。この点について原告は、右決定の執行を受けた昭和三一年九月二六日当時まだ右決定書の謄本は原告に送達されていないから刑事訴訟規則第三四条による裁判の告知がなされておらず、右決定は効力を生じていない旨主張し、右決定書の謄本が右二六日当時原告に送達されていないことは被告の認めているところであるが、保釈取消決定は、保釈を取り消し再び勾留の執行をするものであるから、その性質上検察官に送達されたときに成立し効力を生ずるものと解するのが相当であり、すなわち刑事訴訟規則第三四条但書の規定する場合に該当する。従つて、この点の原告の主張は採用できない。

次に収監指揮書に勾留状及び保釈取消決定の各謄本が添付されたかの点について判断すると、前記乙第八号証及び証人戸谷定吉並びに同小松幹治の各証言を綜合すれば、前記保釈取消決定の執行のため前記戸谷検察官は、原告に対する勾留状及び保釈取消決定の各謄本を確認のうえ収監指揮書を作成し、右各謄本をこれに添付して指揮した事実を認めることができる。

前記保釈取消決定にもとづいて原告を収監するに当つて、担当検察事務官は原告に対し勾留状及び保釈取消決定の各謄本を示さなかつたことは当事者間に争がなく、被告は急速を要するため刑事訴訟法第九八条第二項により前記謄本を示さないで収監した旨主張する。そこで、本件収監が急速を要するものであるかを判断すると、前記乙第八号証及び証人小松幹治の証言によれば、検察事務官小松幹治及び同田中康臣の両名は、検察官戸谷定吉の保釈取消決定の執行指揮により原告を収監するため、昭和三一年九月二六日夜原告の当時の住居東京都中野区鷺宮三丁目一二四番地別府竜方に赴き、同家玄関で原告と会い、前記検察官作成の収監指揮書(乙第八号証)を示し保釈が取り消された旨告げ、原告は、裁判所には出廷し逃げかくれもしないのに保釈を取り消される理由が分らぬ旨申し疑問をもつていたが、結局野方警察署に同行し、同所で保釈取消決定の執行を受けたことが認められ、これに反する原告本人尋問の結果は信用できない。しかし、右認定事実だけでは保釈取消決定の緊急執行を必要とする事由を認めることはできない。すなわち、成立に争のない乙第六、七号証、証人松崎元彦の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告の保釈には訪問、電話による通話文書の発送等により被害者及びその親族に対し脅迫その他示威的言動及び行動をとつてはならないとの指定条件が附され、この条件違反によつて取り消されたこと、原告は、保釈中指定条件に定められた前記別府竜方に居住し、保釈取消による収監に際しても前記検察事務官は右別府方に赴き原告に野方警察署まで同行を求め原告はこれに応じたことが認められ、原告の収監には勾留状及び保釈取消決定の謄本を持参し呈示するに何等の妨げがないのに、初めから勾留状及び保釈取消決定の謄本を持参せず、ただ前記検察官作成の収監指揮書(乙第八号証)のみを持参したのであるから、単に原告が保釈取消の理由に疑問を持つた事実、更にこの事実から検察事務官の勾留状及び保釈取消決定の謄本を取りに行く間に原告が逃げるおそれあると推認されることだけでは収監手続に急を要すると認めるに不十分である。更に証人戸谷定吉の証言によつても右認定を左右することができない。従つて、原告を収監する手続は刑事訴た訟法第九八条第一項によるべきところを同条等二項によつのであるから、その手続に違法があること明らかである。

そこで、原告主張の慰藉料請求権の成否について考える。原告に対し保釈取消決定がなされたことは既に認定したところであり、証人小松幹治の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は収監後勾留状及び保釈取消決定の謄本を示されたことが認められるから、原告の保釈取消による勾留の続行は適法なものであり、原告の収監手続に上述の違法な点があつても、これは、収監後の勾留までも違法にするものと解することはできない。従つて、被告がその要件がそなわらないのに緊急執行をしたからといつて、原告を不当勾留すなわち不当に自由を剥奪したことにならず、更にまた、これによる収監そのものも手続に瑕疵あるとはいえ、当然収監さるべきものであるから原告に精神的損害を与えるものと言うことはできない。もつとも、以上の点以外に前記収監手続によつて何等かの精神的損害を生ずる事実があれば別である。この点について原告は、本件収監に当つて動植物学等の多数の文献その他を前記別府方に置き捨てにせざるをえなかつたため、その後盗難にあい、出所後の研究が不能になつたことによる精神上の苦痛を主張しているが、この主張を認めるに足りる証拠はない。

従つて、原告に対する保釈取消による収監手続の違法にもとづく慰藉料の請求は、これを認めるに足りる証拠はない。

二、以上述べたところによれば、原告の慰藉料の請求は、いずれもその理由がないこと明らかであるから、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上野宏 小堀勇 岡田潤)

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